kazu1000のブログ / 社寺仏閣巡り

社寺仏閣巡りが好きです。特に神社が好きで関西を中心に廻っています。

【了徳院】(りようとくいん)「福島聖天了徳院」大阪市福島区

【了徳院】(りようとくいん)は大阪市福島区にある東寺真言宗の仏教寺院。浦江聖天(うらえしょうてん)の名で親しまれている。


本尊は、准胝観音。 聖天堂内陣 歓喜天(象頭人身男の荒神と十一面観音菩薩の化身である女神の抱擁する双身像)。由緒について;大阪夏の陣・冬の陣を描いた図に了徳院の名が見える。江戸時代以前の建立である。 当地は所謂八十島の地域であり、往古は海中、後に海岸となり、浦江の地名だったので古くは浦江聖天と呼ばれていた。今や本尊扱いの聖天尊(十一面観音菩薩)は海の中から漁師の網にかかり、上がってきたものと「しおり」にはある。 真言宗東寺派の寺院である。開山年代は不詳だが、中興開基の宥意上人が元文元年(1736)に高野山より来山し、堂宇を完成した。大阪大空襲で山門以外は焼けてしまったが、戦後近隣の協力もあり、再建されてきたもの。本尊は准胝観音であるが、江戸時代中期からの北の新地の発展と共に”聖天さん”として親しまれてきた。准胝観音 は心の働きを清浄にする仏で、また安産、子授けの功徳もあり、水神ともされる。歓喜天は大聖歓喜双身天王と云われる。インドの智恵の神・学問の神ガーネシャであるが、後に延命・敬愛・福徳・除災の神として信仰されるようになった。 



「大聖天」について


正式には「大聖歓喜天」。秘仏中の秘仏で、正しいお祈りをすればどんなお願いでも叶えてくれますが、怠けると逆にたたるといわれています。


もとはインドの神様で、魔神から、十一面観音様のお力で善神に転じました。聖天信仰として江戸時代に商売をされる方に厚い信仰を受け、「7代分の福を一身に集めてしまう」ほど大きいとされています。象の頭をされ2人が抱き合われている珍しいお姿です。


「大聖歓喜天双身像」



【了徳院】(りようとくいん)
所在地:大阪府大阪市福島区鷺洲2丁目14-1
アクセス:JR大阪環状線福島駅下車、北西徒歩5分






山門には大根が描かれた提灯がぶら下がっています。
大聖歓喜は象の姿をしたインドの神様で大根が好物です。


【了徳院】(りようとくいん)境内案内図



「延命地蔵尊」


十一面観音 「大聖歓喜天」


十一面観音 「大聖歓喜天」 昆沙門天 ガネーシャ 三貴荒神


「賓頭盧尊」


「くりんさま」「よなおし地蔵」「まおさま」


「よなおし地蔵」
1987年(昭和62年)大阪梅田の元国鉄貨物操作場跡地を再開発のための工事中、地中2mより出現。工事関係者一同、不思議な縁に歓喜し、当山に奉祀したとのことです。
地蔵には1718年(享保3年)記銘があります。


「よなおし地蔵」


「くりんさま」



「准胝観音」(じゅんていかんのん)


「准胝観音」(じゅんていかんのん)
厨子の中に安置されていて見れませんでした。



「准胝観音」(じゅんていかんのん)


「さざれ石」


「不動明王」


「不動明王」


「弘法大師」

「弘法大師」


「白髭稲荷大明神」


「白髭稲荷大明神」





「白髭稲荷大明神」


「白髭稲荷大明神」



「地蔵堂」


「地蔵堂」


「役の行者」


「役の行者」


「役の行者」


「水掛不動明王」


「水掛不動明王」

「水掛不動明王」


「水掛不動明王」


「おもかる石」


「おもかる石」




「阿弥陀如来」

左が「阿弥陀如来」、右が「聖観音菩薩」。




「子安地蔵」


「芭蕉杜若句碑」かきつばた 語るも 旅のひとつ哉


江戸時代は、浦江の名の通り、淀川下流の低湿地帯でカキツバタの名所であったそうです。訪れたのは12月ですが、初夏になると見事なカキツバタの花が咲き乱れるそうです


「弁財天」


「弁財天」


「倶哩迦羅龍王」


「弁財天」と「倶哩迦羅龍王」



(2016年12月21日 IPodtouch6で撮影)





宗派: 東寺真言宗(大阪宗務支所)
住職: 高岡義全
札所: ・摂津四国八十八ヶ所霊場第4番
・大阪四不動北方霊場
ご本尊: 大聖歓喜天/十一面観世音菩薩
ご縁日: ・毎月1・16日(聖天さんの縁日)
・毎月28日(お不動さんの縁日)


[参考資料] 『摂津国八十八ヶ所霊場案内記』 古寺顕彰会発行
          『福島聖天 了徳院のしおり』 了徳院パンフレット