kazu1000のブログ / 社寺仏閣巡り

社寺仏閣巡りが好きです。特に神社が好きで関西を中心に廻っています。

【旭神社】(あさひじんじゃ)「若宮八幡宮」/ 大阪市平野区


【旭神社】(あさひじんじゃ)/「若宮八幡宮」大阪市平野区  


由緒;御祭神;素盞鳴尊、天照大神、春日大神、堅牢大神、諏訪大神、公守大神、勝手大神、丹生大神、嶋戸大神。 旭神社の鎮ります大阪市平野区加美正覚寺の地は、古くは“河内国渋川郡賀美郷橘嶋荘(里)”と称されており、その賀美(加美)澁河(渋川)の地名は、早くも『日本書紀』や『類聚和名抄』などに見え、古くから栄えてきた地であった。また“橘嶋”の名が示すとおり旧大和川の本流であった長瀬川とその支流の橘川との間に出来たデルタ地帯であったと考えられている。その産土神(うぶすながみ の地を守り給う神 氏神)旭神社には、その創祀を今に伝える縁起『河内国渋川郡賀美郷橘嶋荘正覚寺村旭牛頭天若宮八幡宮縁起』(外題には『橘嶋庄両社縁起』と記載)が伝わっている。『縁起』によると、若宮八幡宮は、孝謙天皇の御世 天平勝宝6年(西暦754年)8月、風雨がやまず人々が大変困っていたが、「水上より櫛笥と橘を流しそのとどまった所を祝い、祭るのであれば水難を避け人々を安穏にさせよう」との八幡宮のお告げが有り、大和国河内国の境からお告げのとおり“櫛笥(くしの箱)”とを流した。“櫛笥”の流れ着いた所には「玉櫛明神(現東大阪市花園鎮座 津原神社)」を祭りし、また“橘”は当神社の鎮座地、賀美郷の川中の小島、すなわち当地に流れ着き、そのことが孝謙天皇のお耳に達し「東大寺の八幡宮(手向山八幡宮)」を勧請して“若宮”と仰ぎ祭り、“橘”をご神木と定めた。とその御鎮座の様子を伝えている。 


住所:大阪市平野区加美正覚寺1-17-30

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(撮影:2016/9/25)


由緒;御祭神;素盞鳴尊、天照大神、春日大神、堅牢大神、諏訪大神、公守大神、勝手大神、丹生大神、嶋戸大神。 旭神社の鎮ります大阪市平野区加美正覚寺の地は、古くは“河内国渋川郡賀美郷橘嶋荘(里)”と称されており、その賀美(加美)澁河(渋川)の地名は、早くも『日本書紀』や『類聚和名抄』などに見え、古くから栄えてきた地であった。また“橘嶋”の名が示すとおり旧大和川の本流であった長瀬川とその支流の橘川との間に出来たデルタ地帯であったと考えられている。その産土神(うぶすながみ の地を守り給う神 氏神)旭神社には、その創祀を今に伝える縁起『河内国渋川郡賀美郷橘嶋荘正覚寺村旭牛頭天若宮八幡宮縁起』(外題には『橘嶋庄両社縁起』と記載)が伝わっている。『縁起』によると、若宮八幡宮は、孝謙天皇の御世 天平勝宝6年(西暦754年)8月、風雨がやまず人々が大変困っていたが、「水上より櫛笥と橘を流しそのとどまった所を祝い、祭るのであれば水難を避け人々を安穏にさせよう」との八幡宮のお告げが有り、大和国河内国の境からお告げのとおり“櫛笥(くしの箱)”とを流した。“櫛笥”の流れ着いた所には「玉櫛明神(現東大阪市花園鎮座 津原神社)」を祭りし、また“橘”は当神社の鎮座地、賀美郷の川中の小島、すなわち当地に流れ着き、そのことが孝謙天皇のお耳に達し「東大寺の八幡宮(手向山八幡宮)」を勧請して“若宮”と仰ぎ祭り、“橘”をご神木と定めた。とその御鎮座の様子を伝えている。


 住所:大阪市平野区加美正覚寺1-17-30
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👇 【旭神社】(あさひじんじゃ)に隣接する梵鐘(ぼんしょう)です。






👇【旭神社】(あさひじんじゃ)前に祠 があります。旭神社の鳥居の道を通る度に気になるのですが、詳細は不明で調査中です。