kazu1000のブログ / 社寺仏閣巡り

社寺仏閣巡りが好きです。特に神社が好きで関西を中心に回っています。
#Sakamoto119

【彌榮神社】(やえじんじゃ)「牛頭天王社」大阪市生野区

【彌榮神社】(やえじんじゃ)「牛頭天王社」大阪市生野区


由緒について;
御祭神は、素盞嗚命、 仁徳天皇。当社は文禄年間(1592年~1599年)に島根県八束郡(旧出雲國意宇郡)の旧國幣大社熊野神社より分霊を移して御祭りしたと旧記にあり、その当時は牛頭天皇社(ごうずてんのおしゃ)と呼ばれて居た。
 創立以来、旧木野村の鎮守として崇敬厚く、宮座を設けて祭事を奉仕して居たが、明治5年村社に列せられて依り、神職を置き奉仕せしめ、叉、社号も此の時に彌榮神社と改めた。此の社号を 『いやさかじんじゃ・やさかじんじゃ』 等々と稱えると言う古老もあるが、現在では、氏子の九分迄が 『やえじんじゃ』 と稱えて居るので、やえじんじゃと申し上げて居る。
 明治43年12月17日氏子協議の上、大字岡村の御館神社を合祀することになり、大正2年4月これを合祀した。御館神社は、旧岡村の産土神で 「いばらの神」 と呼ばれ、仁徳天皇的殿の旧跡で、仁徳天皇を祭神として居り、此の神社を合併してので祭神が二柱となる。
 現在境内地は468坪あり、現在の社殿は昭和御大礼紀念として、氏子総代等の絶大な努力によって造営されたもので、境内南東端に現存する昭和11年3月、昭和御大礼紀念造営寄附芳名表の大青銅板にもその当時の、氏子の御努力の程が思い出される。
 社殿の設計は、当時大阪の神社佛閣設計の権威者として知られた、池田谷久吉氏で氏並びに総代と共に出雲国、熊野大社に参詣し、同社に乞ひて原寸を取り、それを縮尺して建設せられたと云ふ。大社造りである。本殿、中門、拝殿、神饌所、祭器庫、塀、裏門、社務所、絵馬堂、鳳輦庫、地車庫等により出来ている。
 それ以前の旧社殿は、文化4年(1807)卯4月宮座世話人等が、宮修復寄進講を組織して、9年間に亘って積立を行ない、造営費をつくり出したもので、文化13年(1816)正月に完成したものであった。


場所:大阪府大阪市生野区桃谷2-16-22
アクセス:近鉄鶴橋駅の東口より徒歩約15分。





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