kazu1000のブログ / 社寺仏閣巡り

社寺仏閣巡りが好きです。特に神社が好きで関西を中心に廻っています。

【開口神社】(あぐちじんじゃ)堺市堺区

【開口神社】(あぐちじんじゃ)は、堺市堺区にある神社である。通称「大寺」(おおてら)。地元では「大寺さん」とよばれ親しまれている。堺南組(大小路以南)の氏神社。式内社で、旧社格は府社。祭神;塩土老翁神(しおつちのおじのかみ)、素盞嗚神(すさのおのかみ)、生国魂神(いくくにたまのかみ)を祀る。塩土老翁神は住吉大社の住吉三神を一つにして神徳を現した神とされ、「住吉の奥の院」と呼ばれる。社伝には、神功…

【神明神社】(じんめいじんじゃ)大阪府堺市

【神明神社】(じんめいじんじゃ)  由緒について;御祭神は天照大御神(あまてらすおおみかみ)・豊受大御神(とようけおおみかみ)をはじめ計16柱が合祀されていて、「堺のお伊勢さん」と言われています。前身の稲荷神明は豊彦稲荷神社として末社に列さられています。天保12年に堺奉行水野若狭守が、この町の繁栄、発展を祈り、地域の氏神の奉斎を命じて新たに天照大御神・豊受大御神を主祭神として合祀し、神明社としま…

【龍神堂】(りゅうじんどう)白龍大神 / 大阪府堺市

【龍神堂】(りゅうじんどう)  由緒について;天明6年(1786)、人々は港の土砂除去を出羽庄内善宝寺の龍神尊に頼り、37日間の祈祷の後、経文を石に刻んで海中に埋めました。天保のころになってその部分が深くなり港は繁栄を取り戻したと伝えられています。龍神堂はこの時建立されました。  住所:大阪府堺市栄橋長2-4

【高崎神社】(たかさきじんじゃ)大阪市住之江区

【高崎神社】(たかさきじんじゃ)  由緒について;宝暦五年(1755年)初代加賀屋甚兵衛氏が産土神の水分神を勧請して 大和川河口に祭り、天保八年(1837年)現地に移築して同時に天照大神、柿本人丸大神を合祀したと言う社伝では、天保十年(1839年)創建された。当地一円の開拓者、三代目加賀屋甚兵衛氏の埋立工事が、洪水・高潮に度々阻害され其の加護を祈願して、自身生国の氏神水分社の御分霊を祠官松原若狭…

【高砂神社】 ( たかさごじんじゃ )大阪市住之江区

【高砂神社】 ( たかさごじんじゃ )  元文2年(1737年)、北島新田開墾に際して加賀屋甚兵衛により創建された。新田開発者は例外なく鎮守の神社を建てたもので甚兵衛は出身地である河内国石川郡喜志村(富田林市)の産土神、水分神(みくまりのかみ)を勧請した。天保6年(1835年)に本殿が焼失したが、同10年再建された。祭神は水分神・人丸神・住吉大神の三柱で境内には、保食神と菅原道真、金山彦大神を祀…

【止止呂支比売命神社】(とどろきひめのみことじんじゃ)大阪市住吉区

【止止呂支比売命神社】(とどろきひめのみことじんじゃ)  御祭神;素戔嗚尊、稲田姫尊。摂社:霰松原荒神社/天水分豊浦命神社(式内社)三宝荒神(天水分命、奥津彦命、奥津姫命)、大国主命、事代主命。由緒について;創建年代は不明。しかし、延喜式にはその名の記載がある。社名のトドロキとは当時の境内にあった橋の名前。承久3年(1221年) 後鳥羽天皇が、当社境内松林内に行宮を立てて以降、若松宮あるいは若松…

【中臣須牟地神社】(なかとみすむちじんじゃ) 大阪市東住吉区

【中臣須牟地神社】(なかとみすむちじんじゃ) 大阪市東住吉区 由緒について ;延喜式内の古社であって、三の宮と称され、遠く二千年前の御創建である。 御祭神は、主神(神産霊大神、手力雄命、天児屋根命)、相殿(天日鷲命、大己貴命 、宇賀魂命)、追祀(少名彦命、素盞嗚命、住吉大神)である。 本社は古来酒造の祖神として将又医薬の祖神として衆庶の信仰厚く、又文武両道の守 護神として御神徳顕著であった。 社…

【瓜破天神社】(うりわりてんじんしゃ)大阪市平野区

大阪市は平野区に鎮座の、難読地名を名に持つ【瓜破天神社】(うりわりてんじんしゃ)」。 御祭神:素戔嗚尊(すさのおのみこと)、菅原道真(すがわらのみちざね)、平維盛(たいらのこれもり)。 瓜破の歴史を記録し唯一現存する船戸録(天文元年 1736 記)によれば、 孝徳天皇の大化年中(645~649)瓜破地域に住んでいた高僧「船氏道昭」が、 5月晦日三密の教法を観念していたところ、庵室に光る天神の尊像…

【美具久留御魂神社】(みぐくるみたまじんじゃ)大阪府富田林市

【美具久留御魂神社】(みぐくるみたまじんじゃ)は、大阪府富田林市にある神社である。式内社で、旧社格は郷社。 美具久留御魂大神(大国主命)を主祭神とし、左殿に天水分神(あめのみくまりのかみ)、弥都波迺売命(みずはのめのみこと)、右殿に国水分神(くにのみくまりのかみ)、須勢理比売命(すせりひめのみこと)を配祀する。左右殿に同じ神を祀る建水分神社を上水分社と呼ぶのに対し、当社は下水分社(しものすいぶん…

【錦織神社】(にしきおりじんじゃ)富田林市

【錦織神社】(にしきおりじんじゃ)富田林市 地元では、錦織を「にしこり」「にしこおり」「にしごり」と呼ばれています。 所在地は本来の錦織地区からはかなり離れています。神社のある地域は、太古は「錦部(にしごり)部」と呼ばれていたらしく、旧くは織物の技術を持つ人々が百済より渡来し住みついていたとされています。神社は錦部部(錦部氏)の氏神です。 創建年代は不明ですが、昭和10年(1935年)の本殿修理…

【烏帽子形八幡神社】(えぼしがたはちまんじんじゃ)河内長野市

【烏帽子形八幡神社】(えぼしがたはちまんじんじゃ)は、大阪府河内長野市喜多町305に所在する神社。旧社格は村社。 祭神:素盞鳴命、足仲彦命、神功皇后、応神天皇。 烏帽子形山には楠木七城(河内七城)のひとつとされる烏帽子形城という城があった。楠小二郎がこれに拠い、城の鎮護として創祀したものと伝えられる。その後暫く荒廃していたが、室町時代の文明12年(1480年)(昭和40年の解体修理時に棟札・棟束…

【長野神社】(ながのじんじゃ)河内長野市

【長野神社】(ながのじんじゃ)河内長野市  祭神:素盞嗚大神(牛頭天王)、天児屋根命、菅原道真。 創建年代は不詳。本殿は天文12年(1543年)頃に建てられたと考えられている。かつては木屋堂の宮(こやどうのみや)、牛頭天王宮(ごずてんのうのみや)と呼ばれていたが、慶応4年(1868年)から長野神社と呼ばれるようになった。本殿は国の重要文化財。 境内のカヤの古木は大阪府下最大で府の天然記念物。  …

【日吉神社】(ひよしじんじゃ)羽曳野市

竹内街道(たけのうちかいどう)を歩いて行くと何か駐車場のような建物が見えてきます。その横に【日吉神社】(ひよしじんじゃ)があります。 境内はとても狭いですが狛犬もあります。日吉神社なのになぜか丹比神社の石碑があります。由緒などは不明です。 この日吉神社の隣の駐車場の中に地蔵堂があります。地蔵尊の名前が記されていて五体の地蔵尊を安置しています。行者神変大菩薩大菩薩、大日大照不動明王、弘法大師、弘法…

【志紀長吉神社】(しきながよしじんじゃ)大阪市平野区

【志紀長吉神社】(しきながよしじんじゃ)  延喜式内の神社で祭神は長江襲津彦命、事代主命の二座である。明治5年に旧郷社に列せられたころは、旧長吉、瓜破、恵我、大正、藤井寺の各村の総氏神であったが、現在は長吉一円の氏神である。大坂夏の陣のとき、豊臣方の武将真田幸村がこの神社に刀剣と軍旗を奉納して戦勝を祈願したと伝えられ、刀剣は第2次世界大戦後、占領軍の命令で没収されたが、軍旗は今も神社に保存されて…

【野々上八幡神社】(ののうえはちまんじんじゃ)大阪府羽曳野市

【野々上八幡神社】(ののうえはちまんじんじゃ)は大阪府羽曳野市にある神社。 祭神は八幡大菩薩。「中之太子」野中寺に隣接する。由緒:創建は不明で、南北朝時代に兵火により野中寺とともに焼失してしまいましたが、寛文年間(1661~1673)野中寺の鎮守社として再建されました。明治初年の神仏分離令により野中寺と分けられ村社となりましたが、一時期大津神社(羽曳野市高鷲)に合祀されてしまいました。第二次大戦…

【野中寺】(やちゅうじ)大阪府羽曳野市

【野中寺】(やちゅうじ)は、大阪府羽曳野市にある高野山真言宗の仏教寺院。別称は中之太子。山号は青龍山。本尊は薬師如来。創建は飛鳥時代。伝承では聖徳太子建立48寺院の一つとされ、太子の命を受けた蘇我馬子が開基とされる。また「上之太子」叡福寺、「下之太子」大聖勝軍寺とともに三太子の一つに数えられ、「中之太子」と呼ばれている。境内に残る礎石から、飛鳥時代~奈良時代前半には大規模な伽藍が存在したことは明…

【大津神社】(おおつじんじゃ) 大阪府羽曳野市

【大津神社】(おおつじんじゃ) 大阪府羽曳野市 大阪府羽曳野市高鷲にある神社で、延喜式神名帳に記載されている、河内国丹比郡の式内社。 厄除開運、縁結び、安産、家内安全、交通安全、引越しや住居のリフォーム等の方災除けのご利益があるとされる。祭神:素盞嗚尊(すさのおのみこと)、奇稻田姫命(くしいなだひめのみこと)、天日鷲命(あめのひわしのみこと)。大津神社は、十世紀はじめ、醍醐天皇(885~930)…

【小山産土神社】(こやまうぶすなじんじゃ)藤井寺市

【小山産土神社】(こやまうぶすなじんじゃ)藤井寺市  室町時代に神宮寺として再建され、祭神を牛頭天王としていましたが、現在は産土神社として素戔鳴命と櫛稲田姫を祀っています。 本殿は一間社流造で、主要部分は創建当時の状態をよく留めており、藤井寺市内で最古級の神社建築として貴重です。 産土とは産室のある場所の砂、土の事を意味した。産室は昔は離れた所に作られ、そこで出産をしたのである。いつの間にか、産…

【東弓削神社】(ひがしゆげじんじゃ)大阪府八尾市東弓削

【東弓削神社】(ひがしゆげじんじゃ)大阪府八尾市東弓削 弓削氏の祖神である天日鷲翔矢命と物部氏の祖神の彌加布都神、比古佐自布都神の二座をまつる延喜式内社で、河内国でも枚岡、恩智社に次ぐ三指に数えられた大社であった。弓削氏は河内国若江郡弓削郷を本貫とする豪族で、弓矢などの武器の製作にたずさわる弓削部を率いた伴造であった。この一族から物部守屋や孝謙女帝に仕え、その信任を得た弓削道鏡を輩出した。「続日…

【弓削神社】(ゆげじんじゃ)大阪府八尾市弓削町

【弓削神社】(ゆげじんじゃ)大阪府八尾市弓削町 八尾市付近に勢力を保持していた物部氏の一族である弓削氏の氏神。 八尾の弓削神社は、JR志紀駅・長瀬川を挟んで2箇所あり、東側の東弓削一丁目にある弓削神社と西側の弓削町一丁目にある弓削神社の二社一対で二座にあてている。両社とも式内大社である。 なお、鎮座地は弓削が旧河内国志紀郡、東弓削が旧河内国若江郡にあたり、延喜式神名帳には若江郡の式内社と記載され…