kazu1000のブログ / 社寺仏閣巡り

社寺仏閣巡りが好きです。特に神社が好きで関西を中心に廻っています。Instagram:https://www.instagram.com/kazuyoshi1000

【猿田彦神社】(さるたひこじんじゃ)奈良市今御門町

【猿田彦神社】(さるたひこじんじゃ)は、奈良県奈良市今御門町にある神社。道祖神社とも呼ばれる。 平城天皇の御代に元興寺境内に創祀されたと伝わる。宝徳2年(1450年)元興寺の大火後、再々の火難に類焼し、現在の小祠となった。 一説には、橘奈良麻呂の乱で無実の罪で獄死した道祖王の怨霊を恐れ、祀られたのが始めともいう。往古より道祖神、賽神・妻神、開運の神として近在の信仰を集め、商売繁盛、開運招福、良縁…

【畝火山口神社】(うねびやまぐちじんじゃ)奈良県橿原市

【畝火山口神社】(うねびやまぐちじんじゃ)は、奈良県橿原市の畝傍山西麓にある神社である。俗に「お峯山」と呼ばれる。式内社で、旧社格は県社。延喜式祝詞に記される大和国内の山口社6社(飛鳥・石村・忍坂・長谷・畝火・耳無)のうちの1社であり、祈雨神祭八十五座の1つである。気長足姫命(神功皇后)・豊受比売命・表筒男命を祀り、神功皇后が応神天皇を出産した伝承により、安産の神として信仰されている。他の山口神…

【東大谷日女命神社】(ひがしおおたにひめみことじんじゃ)奈良県橿原市

【東大谷日女命神社】(ひがしおおたにひめみことじんじゃ)奈良県橿原市 御祭神:姫蹈鞴五十鈴姫命(ひめたたらいすずひめ) 創祀時期は定かでない。江戸時代までは熊野権現と称し、伊弉册尊を祀っていた。 明治二十年(1887)頃、延喜式神名帳にある東大谷日女命神社の後裔であるとし、祭神を神功皇后へと変えた。その後、さらに姫蹈鞴五十鈴姫命に変更。社名を東大谷日女命神社へ変更したのは明治三十五年(1902)…

【長山稲荷神社】(ながやまいなりじんじゃ)「橿原神宮末社」奈良県橿原市

【長山稲荷神社】(ながやまいなりじんじゃ)「橿原神宮末社」奈良県橿原市  橿原神宮の境内を南神門から抜けると深田池という池があり、その深田池のほとりは地元の人々がラジオ体操やバードウォッチングなどを楽しむ憩いの場所となっており、休憩所もあります。その休憩所に隣接するのが、本日紹介したいパワースポットである長山稲荷神社です。御祭神は宇迦能御魂神(うかのみたまのかみ)・豊受気神(とようけのかみ)・大…

【橿原神宮】(かしはらじんぐう)奈良県橿原市

【橿原神宮】(かしはらじんぐう)は、奈良県橿原市の畝傍山の東麓、久米町に所在する神社である。 記紀において初代天皇とされている神武天皇を祀るため、神武天皇の宮(畝傍橿原宮)があったとされるこの地に、橿原神宮創建の民間有志の請願に感銘を受けた明治天皇により、1890年(明治23年)4月2日に官幣大社として創建された。 1940年(昭和15年)には昭和天皇が同神社に行幸し、秋には日本各地で紀元260…

【久米御縣神社】(くめのみあがたじんじゃ)奈良県橿原市

【久米御縣神社】(くめのみあがたじんじゃ)奈良県橿原市 【久米御縣神社】(くめのみあがたじんじゃ)は、式内社で、旧社格は村社。 高皇産霊命・大来目命(天久米命)・天櫛根命を祀る。創建の由緒は不詳である。「御県神社」という神社は大和国内に7社あり、いずれも皇室の御料地である御県(みあがた)に鎮座していたものである。『日本書紀』垂仁天皇27年に「是歳、来目邑に屯倉を興す」という記述があり、創建もその…

【久米寺】(くめでら)奈良県橿原市

【久米寺】(くめでら)奈良県橿原市 【久米寺】(くめでら)は、奈良県橿原市久米町にある真言宗御室派の寺院。山号は霊禅山。詳しくは霊禅山東塔院久米寺と称する。本尊は薬師如来坐像。開基(創立者)は聖徳太子の弟の来目皇子(くめのみこ)ともいうが未詳。『扶桑略記』や『今昔物語集』においては久米仙人により創建されたと伝えられる。大和七福八宝めぐり(三輪明神、長谷寺、信貴山朝護孫子寺、當麻寺中之坊、安倍文殊…

【道明寺盾塚古墳公園】大阪府藤井寺市

【道明寺盾塚古墳公園】大阪府藤井寺市 五世紀初頭の築造。帆立貝式前方後円墳。 全長約110メートル、墳丘長さ約73メートル、後円部径約46メートル、高さ約7.5メートル。前方部幅約20センチ、高さ約1.8メートル。。 造り出しと周濠も確認されている。出土品は鉄製武器・武具・農道具・鏡・玉類など。 府営住宅建設の際に調査され消滅、現在は公園内に復元されている。 住所:大阪府藤井寺市道明寺6丁目

【伴林氏神社】(ともはやしのうじじんじゃ)大阪府藤井寺市

【伴林氏神社】(ともはやしのうじじんじゃ)大阪府藤井寺市 大阪府藤井寺市林(かつての河内国志紀郡拝志郷)に鎮座する神社である。高皇産霊神を主祭神とし、大伴氏の祖神である道臣命(みちのおみのみこと)・天押日命(あめのおしひのみこと)を配祀する。社名から、大伴氏の支族である伴林氏が祖神を祀ったものとみられる。高皇産霊神の5代目の子孫が天押日命であり、天押日命の3代目の子孫が道臣命である。創建年は不詳…

【古室山古墳】(こむろやまこふん)大阪府藤井寺市

【古室山古墳】(こむろやまこふん)大阪府藤井寺市 前方後円墳。1956年(昭和31年)9月22日に単独の古墳として国の史跡に指定され、2001年1月29日には近隣の他の古墳とともに国の史跡「古市古墳群」として、あらためて指定された。 古市古墳群の北部、誉田御廟山古墳の北東に位置する。全長約150メートル、後円部径約96メートル、高さ約15.3メートル、前方部幅約100メートル、高さ約9.3メート…

【誉田八幡宮】(こんだはちまんぐう)大阪府羽曳野市

誉田八幡宮(こんだはちまんぐう)大阪府羽曳野市 旧社格は府社。主祭神は応神天皇で、誉田御廟山古墳(応神天皇陵)の直ぐ南に鎮座する。社伝によると、欽明天皇20年(559年)に任那の復興を目指した欽明天皇によって、応神天皇陵前に神廟が設置されたことをもって創建としている。このことから最古の八幡宮を称している。奈良時代には行基によって神宮寺の長野山護国寺も創建された。永承6年(1051年)の後冷泉天皇…

【道明寺天満宮境外末社西宮と木患樹(もくげんじゅ)】

【道明寺天満宮境外末社西宮と木患樹(もくげんじゅ)】 現在、道明寺の寺域にあるもくげんじゅは霊木ではありません。寺の少し南にある西宮神社(道明寺天満宮境外末社)にある大樹がそれにあたります。道明寺天満宮の参道を南へ下ると古代道明寺(土師寺)の五重塔礎石があります。そこを西へ曲がった突き当たりに西宮は鎮座しています。「三社神祠」とも称し、道真に大乗経埋納の場所を示したという伊勢・春日・八幡の三神を…

【白光龍王大神】(はっこうりゅうおうおおかみ)藤井寺市

【白光龍王大神】(はっこうりゅうおうおおかみ)藤井寺市 藤井寺市道明寺に鎮座する白光龍王大神はっこうりゅうおうおおかみです。道明寺どうみょうじの東側の門から出て、直ぐの三叉路を道明寺天満宮の塀にそった側の道にあります。前の道は東高野街道です。東側は道明寺天満宮の境内です。小さな祠が「白光龍王大神」のお社。ムクノキをお祀りしているようです。  所在地:大阪府藤井寺市道明寺1-15

【土師里八幡神社】(はじのさとはちまんじんじゃ)大阪府藤井寺市

【土師里八幡神社】(はじのさとはちまんじんじゃ)大阪府藤井寺市  八幡神・八坂神・天神はいずれも農耕に欠かせない神でした。八幡神は穀霊神であり、のち武神として土地の守護神とされました。八坂神は五穀豊饒、厄病祓いの神と崇められています。天神は雷神であるとともに、学問の神としても祀られたのです。 「土師ノ里」という地名は、土師氏の出所、本拠地として説明されています。土師氏は、『野見宿祢を祖先とする氏…

【衣縫塚古墳】 (いぬいづかこふん)大阪府藤井寺市

【衣縫塚古墳】 (いぬいづかこふん)大阪府藤井寺市 古市古墳群に属する允恭陵陪塚、径約20メートルの円墳。古市古墳群に属し、第十九代允恭天皇の陵とされる市ノ山古墳の前方部東側にあり、宮内庁によって「允恭天皇陵ろ号陪冢」に治定されている、径約20メートルの円墳。他に市ノ山古墳の陪塚としては、宮の南塚古墳がある。円筒埴輪や、形象埴輪(家、人物、太刀などが出土している。5世紀後半の築造とみられる。 平…

【海雲山潮音寺】(ちょうおんじ)大阪府藤井寺市

【海雲山潮音寺】(ちょうおんじ)大阪府藤井寺市 宗派:臨済宗永源寺派。創建:1329年。寺宝:佛涅槃之図像、三十六歌仙図。 1329年真言律宗の寺院として創建。 1347年藤井寺合戦により堂宇焼失。 1635年中興開山獨長性亨禅師により再興。 本堂、庫裡は栂材を主体とした入母屋造にて再建。 臨済宗永源寺派に改宗。 壺井八幡宮の分霊を勧請し、鎮守社「国府八幡神社 」創始。 1679年「河内鑑名所記…

【國府八幡神社】(こうはちはんじんじゃ)大阪府藤井寺市

【國府八幡神社】(こうはちはんじんじゃ)大阪府藤井寺市  道明寺駅の北西約500mに鎮座しています。境内左には宮の南塚古墳が有り、この地が古から聖地とされてきた事が分かります。 神社の入口には社号標と鳥居が立ち、石段を数段上がると金属製の鳥居のような物が立ち、境内を突き抜けるように西に向かう参道正面に、向拝のない入母屋造りの割拝殿と白塀。塀内に八幡大神を祀っていると思われる三社殿と、その向かって…

【志貴県主神社】(しきあがたぬしじんじゃ)大阪府藤井寺市

【志貴県主神社】(しきあがたぬしじんじゃ)大阪府藤井寺市 式内社、河内国総社で、旧社格は村社。 奈良時代、この一帯は「志貴(磯城)の県」という朝廷の直轄地で、それを管理していたのは神八井耳命を祖とする志貴県主(しきのあがたぬし)と、その同族の志貴首(しきのおびと)であった。創建の由緒は不詳であるが、当社はその氏神として創建されたものとみられ、『河内誌』に「国府属邑一」とあることから、この地に河内…

【黒田神社】(くろだじんじゃ)大阪府藤井寺市

【黒田神社】(くろだじんじゃ)大阪府藤井寺市  黒田神社は延喜式神名帳に河内国・志紀郡鎮座と記載される式内小社です。社伝によると神武天皇の御子の神八耳命のかくし廟所といわれ、仁徳天皇の時に玉垣を建立し祭祀したとあります。藤原氏系図によると、藤原鎌足の4世代前の祖人が黒田大連です。 黒田神社は、その黒田大連に係る人が、藤原氏・中臣の祖人を祀った神社とも考えられています。黒田大連は古くは雄略天皇の御…

【津堂八幡神社】(つどうはちまんじんじゃ)「津堂城山古墳」大阪府藤井寺

【津堂八幡神社】(つどうはちまんじんじゃ)「津堂城山古墳」 大阪府藤井寺  大きな古墳の上にある八幡さんです。 神社のある津堂城山古墳 墳丘及び内濠は史跡指定。社殿背後の柵に囲まれた、鎮守の森のような後円部頂は、宮内庁治定の「藤井寺陵墓参考地」にあたります。新しい津堂八幡神社の社号標の裏には神社の略歴が刻まれています。 ・天正3年(1575年)織田信長の河内攻めの時、小山城(城山)落城の際、現藤…