kazu1000のブログ / 社寺仏閣巡り

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【樟本神社】(くすもとじんじゃ)と【稲村城(稲城)】八尾市木の本


【樟本神社】(くすもとじんじゃ)は、大阪府八尾市にある神社。延喜式神名帳に「樟本神社 三座 鍬靱 河内国志紀郡鎮座」と記される式内社であり、現在の八尾市木の本(旧丹北郡)、北木の本、南木の本(旧志紀郡)の3箇所に鎮座している。 八尾市木の本 「樟本神社」 用明天皇の御代(約1400年前)物部守屋公が本據地である稲村城(現在は稲城と言われる、光蓮寺敷地)の守護神として崇めていた布都大神を奉祀されたものと伝えられています。


稲村城(稲城):光蓮寺の前に「稲城址」の石碑があります。「聖徳太子が物部守屋の館のあった阿都桑市を攻めたとき、守屋はこの地に城を築き抗戦したという。稲城の謂れは稲で囲った城とも、稲積みの城であったとも伝わる。」書いてあります。






光蓮寺の前にある「稲城址」の石碑


南木の本の光蓮寺門前に碑がある。高さ145㎝の自然石に、”稲城址”と刻してあり、昭和14年の建立によるものである。聖徳太子が物部守屋をその居館のあった阿都に攻め寄せた時、守屋は兵を集めて、此の地に稲城を構えてたてこもり、抗戦したといわれる。稲城は稲で囲った城とか稲t積みの城とか伝えられている。物部守屋の阿都桑市の館が太子堂辺りから木の本にわたる地域であったことを語るものである。なお、光蓮寺は若江山光蓮寺といい、浄土真宗本願派。


寺伝によれば、中世には若江郡の稲葉(現 東大阪市役所付近)において法燈をつぎ光蓮寺となし、慶長年間(1596~1615)に現地に移転したという。文明7年(1470)に、蓮如上人によって、天台宗から浄土真宗に転宗した。