【産湯稲荷神社】( うぶゆいなりじんじゃ) は大阪市天王寺区小橋町に鎮座しています。創建年代は不明です。東成区の比売許曽神社の旧社地といわれる場所に鎮座し、境外摂社・御旅所です。御祭神は、宇賀魂命・下照比賣命・大小橋命。公園の一角に整備された神社です。境内の一段低い場所に玉之井と呼ばれる井戸があり... 続きをみる
観光のブログ記事
観光(ムラゴンブログ全体)-
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大東市の浜町に【住吉神社】(すみよしじんじゃ)が鎮座しています。住道駅北口の川に向かい寝屋川と恩智川合流地点の内側にあり、見つけにくい場所にあります。大東市教育委員会の案内板に由来が次のように書かれています。 住吉神社 ~「住道」地名の由来~ 舟運送が盛んであった頃、寝屋川と恩智川が合流するこ... 続きをみる
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【歳之神】( さいのかみ) 大阪市東成区 大阪市東成区今里新道商店街から北、今里小学校の東隣にあります。【歳之神】( さいのかみ)とは道祖神のことです。こちらの案内書きによると。「歳之神(賽神)は道路を守り、悪気邪神をさえぎり防ぐ神。一般には道祖神と呼ばれ疫病や災禍を防ぐ神とされている。ここにお... 続きをみる
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【白光龍王大神】(はっこうりゅうおうおおかみ)大阪府藤井寺市
大阪府藤井寺市道明寺に鎮座する【白光龍王大神】(はっこうりゅうおうおおかみ)です。「道明寺」(どうみょうじ)の東側の門から出て、直ぐの三叉路を道明寺天満宮の塀にそった側の道にあります。前の道は東高野街道です。東側は道明寺天満宮の境内です。小さな祠が「白光龍王大神」のお社。ムクノキをお祀りしている... 続きをみる
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【道明寺】(どうみょうじ)は、大阪府藤井寺市にある真言宗御室派の尼寺。 道明寺周辺は、菅原道真の祖先にあたる豪族、土師(はじ)氏の根拠地であった。道明寺は土師氏の氏寺土師寺として建立され、今の道明寺天満宮の前にあった。当時は七堂伽藍や五重塔のある大規模なものであった。 901年(延喜元年)、大宰府... 続きをみる
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【道明寺】(どうみょうじ)は、大阪府藤井寺市にある真言宗御室派の尼寺。 道明寺周辺は、菅原道真の祖先にあたる豪族、土師(はじ)氏の根拠地であった。道明寺は土師氏の氏寺土師寺として建立され、今の道明寺天満宮の前にあった。当時は七堂伽藍や五重塔のある大規模なものであった。 901年(延喜元年)、大宰府... 続きをみる
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高井田横穴墓群:大阪府柏原市所在の横穴墓群。高井田横穴群ともいう。 総数200基以上の横穴墓があり、その多くに、古墳時代の線刻画を伴うこと有名である。国指定の史跡である。史跡公園「史跡高井田横穴公園」として整備されている。 横穴は岩盤に掘削された洞窟を墓として用いたもので、古墳時代に入って北部九... 続きをみる
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【三輪明神】(みわみょうじん) 大阪木津卸売市場 大阪木津卸売市場の西側入口に鎮座します。御祭神は、大物主大神。以前は阪神高速の下にあったのを2010年に木津市場敷地内で遷座されたようです。木津市場が休みの日曜日はこの神社の門は閉ざされていますのでお参りできません。 場所:大阪府大阪市浪速区敷津... 続きをみる
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夜の【大坂城 / 大阪城】(おおさかじょう) 【大坂城/大阪城】(おおさかじょう)は、安土桃山時代に摂津国東成郡生玉荘大坂に築かれ、江戸時代に修築された日本の城。現在の大阪府大阪市中央区大阪城に所在します。別称は錦城(きんじょう。金城とも表記)。「大坂城跡」として国の特別史跡に指定されています。 ... 続きをみる
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【大坂城/大阪城】(おおさかじょう)と【豊国神社】(ほうこくじんじゃ)
【大坂城/大阪城】(おおさかじょう)は、安土桃山時代に摂津国東成郡生玉荘大坂に築かれ、江戸時代に修築された日本の城。現在の大阪府大阪市中央区大阪城に所在します。別称は錦城(きんじょう。金城とも表記)。「大坂城跡」として国の特別史跡に指定されています。 【豊国神社】(ほうこくじんじゃ)は、大阪府大阪... 続きをみる
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【倉敷美観地区】(くらしきびかんちく)/ 大原美術館 本館・分館・工芸・東洋館からなります。本館には西欧の近代絵画と彫刻を合わせ約140点を常時陳列しています。主な作品はエル・グレコの「受胎告知」、ゴーギャンの「かぐわしき大地」などです。分館は近代日本の洋画と、日本の現代絵画、彫刻の常設館となっ... 続きをみる
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【倉敷美観地区】(くらしきびかんちく)/ 倉敷アイビースクエア
【倉敷美観地区】(くらしきびかんちく) 倉敷川沿いにたたずむ蔵屋敷は、江戸時代に入って寛永19年(1642年)幕府の直轄地である天領となってから形成されてきました。直轄地となり、代官支配を受けてからは、新田開発による農地の増加、綿花の栽培による商工業の発展により、周辺から多くの人々が流入するように... 続きをみる
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【 白龍大神】(はくりゅうおおかみ)大阪府東大阪市 この小さな社を見つけるのは苦労します。電車で行く場合は、近鉄布施駅の南口で降り、本町通り商店街(フラワーロードほんまち)方へ進みます。そのアーケードの入口の前、近鉄電車の高架とお店の隙間の路地にその社はひっそりと鎮座しています。この社の前にはいつ... 続きをみる
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【松乃木大明神】(まつのきだいみょうじん) 大阪市西成区 じゃんじゃん横丁のアーケードを「飛田遊廓」の方角へ歩いていくと【松乃木大明神】(まつのきだいみょうじん)があります。明治34年(1901年)当時三味線の原料になっていた猫の供養のために立てられた神社です。この神社から歩いてすぐのところに【... 続きをみる
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【正圓寺】(しょうえんじ)は、大阪市阿倍野区にある仏教寺院。 通称「天下茶屋の聖天さん」。 天慶2年(939年)光道和尚により開基。当時は、現在地より東に50... 続きをみる
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泰聖寺のパワースポット【正一位眼力稲荷大明神】(通称: ガンリキさん)大阪市天王寺区
泰聖寺のパワースポット【正一位眼力稲荷大明神】(通称:ガンリキさん )大阪市天王寺区 「泰聖寺」(たいしょうじ)は、大阪市天王寺区下寺町にある西山浄土宗(浄土宗西山派)の仏教寺院。山号は銀龍山。泰聖寺は、宝暦5(1755)年に八代将軍徳川吉宗公の弟・紹空哲山惠隆上人によって、眼病平癒のお寺として信... 続きをみる
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【満奇洞】(まきどう)は、岡山県新見市にある鍾乳洞。岡山県指定天然記念物、岡山県高梁川上流県立自然公園特別地域。岡山県新見市の草間カルスト台地に存在する鍾乳洞で、江戸時代末期、狸猟をしていた猟師により偶然発見された。岡山県の鍾乳洞ではもっとも早く存在が認知されたといわれている。名称の由来は1929... 続きをみる
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【豊川稲荷大阪別院】(とよかわいなりおおさかべついん)大阪市天王寺区
【豊川稲荷大阪別院】(とよかわいなりおおさかべついん)大阪市天王寺区 正式な寺号は「観音寺」。豊川稲荷 妙厳寺(愛知県豊川市)の別院である。明治31年(1898年)、付近の地主であった萩田利平が、この地を発展させようと、豊川稲荷から、だ枳尼天を勧請し、稲荷堂を建立したのを始まりとする。その後、明治... 続きをみる
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ねしゃかの寺【蓮生寺】(れんせいじ)/ 大阪市天王寺区 山号 宝池山、浄土宗知恩寺末寺、文禄元年(1592)僧天譽創建、大坂夏の陣で焼失、延宝年間(1673~1681)に復興、正徳4年(1717)台風で大破、享保年間(1716~1736)再興、戦災で昭和20年(1945)焼失、昭和59年(1984... 続きをみる
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【権現寺 / 権現宮】(ごんげんじ / ごんげんぐう)東大阪市六万寺町
お寺と神社が同居する【権現寺 / 権現宮】(ごんげんじ / ごんげんぐう)東大阪市 Gongenji / Gongengu (Higashi-osaka, Osaka, Japan) 六万寺参道を登っていくと右側に、「十二社権現寺」の標石が建っています。ここを... 続きをみる
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この神社は住宅地の角にあり、全体を赤い柵で囲まれています。入口は1つです。鳥居奥の額には「白菊大神(しらぎくおおかみ)」「白光龍王(しらみつりゅうおう)」「力松大明神(りきまつだいみょうじん)」と記されています。おそらく御祭神だと思われます。、この神社の由緒等は不明です。祠の前の2体のキツネは、... 続きをみる
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【信貴山 朝護孫子寺】(しぎさんちょうごそんしじ)⑥ 奈良県生駒郡平群町信貴山
【信貴山 朝護孫子寺】(しぎさんちょうごそんしじ)⑥ 醍醐天皇の御病気のため、勅命により命蓮上人が毘沙門天王に病気平癒の祈願をいたしました。加持感応空なしからず天皇の御病気は、たちまちにして癒えました。よって天皇、朝廟安穏・守護国土・子孫長久の祈願所として「朝護孫子寺」の勅号を賜ることとなりました... 続きをみる
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【信貴山 朝護孫子寺】(しぎさんちょうごそんしじ)⑤ 奈良県生駒郡平群町信貴山
【信貴山 朝護孫子寺】(しぎさんちょうごそんしじ)⑤ 醍醐天皇の御病気のため、勅命により命蓮上人が毘沙門天王に病気平癒の祈願をいたしました。加持感応空なしからず天皇の御病気は、たちまちにして癒えました。よって天皇、朝廟安穏・守護国土・子孫長久の祈願所として「朝護孫子寺」の勅号を賜ることとなりました... 続きをみる
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【信貴山 朝護孫子寺】(しぎさんちょうごそんしじ)④ 奈良県生駒郡平群町信貴山
【信貴山 朝護孫子寺】(しぎさんちょうごそんしじ)④ 醍醐天皇の御病気のため、勅命により命蓮上人が毘沙門天王に病気平癒の祈願をいたしました。加持感応空なしからず天皇の御病気は、たちまちにして癒えました。よって天皇、朝廟安穏・守護国土・子孫長久の祈願所として「朝護孫子寺」の勅号を賜ることとなりました... 続きをみる
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【信貴山 朝護孫子寺】(しぎさんちょうごそんしじ)③ 奈良県生駒郡平群町信貴山
【信貴山 朝護孫子寺】(しぎさんちょうごそんしじ)③ 醍醐天皇の御病気のため、勅命により命蓮上人が毘沙門天王に病気平癒の祈願をいたしました。加持感応空なしからず天皇の御病気は、たちまちにして癒えました。よって天皇、朝廟安穏・守護国土・子孫長久の祈願所として「朝護孫子寺」の勅号を賜ることとなりました... 続きをみる
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【信貴山 朝護孫子寺】(しぎさんちょうごそんしじ)② 奈良県生駒郡平群町信貴山
【信貴山 朝護孫子寺】(しぎさんちょうごそんしじ)② 醍醐天皇の御病気のため、勅命により命蓮上人が毘沙門天王に病気平癒の祈願をいたしました。加持感応空なしからず天皇の御病気は、たちまちにして癒えました。よって天皇、朝廟安穏・守護国土・子孫長久の祈願所として「朝護孫子寺」の勅号を賜ることとなりました... 続きをみる
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【信貴山 朝護孫子寺】(しぎさんちょうごそんしじ) ① 奈良県生駒郡平群町信貴山
【信貴山 朝護孫子寺】(しぎさんちょうごそんしじ) 醍醐天皇の御病気のため、勅命により命蓮上人が毘沙門天王に病気平癒の祈願をいたしました。加持感応空なしからず天皇の御病気は、たちまちにして癒えました。よって天皇、朝廟安穏・守護国土・子孫長久の祈願所として「朝護孫子寺」の勅号を賜ることとなりました... 続きをみる
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大阪のパワースポット【サムハラ神社】大阪市西区 【サムハラ神社】とは大阪府大阪市西区立売堀(いたちぼり)にある神社。祭神は天之御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神であり、サムハラは三神の総称である。奥の院が美作加茂(岡山県津山市)にある。1935年(昭和10年)に田中富三郎が出身地の岡山県苫田郡西加茂... 続きをみる
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【南木神社】(なぎじんじゃ)大阪府南河内郡千早赤阪村 楠木正成を祀る最古の神社。建水分神社の摂社である。後村上天皇から南木(なぎ)明神の神号を賜わった。 元禄10年(1697年)、社殿が傾いたため、現在地に移転した。しかし、移転した社殿も昭和9年(1934年)に暴風雨(室戸台風)により老松が倒れ、... 続きをみる
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【建水分神社】(たけみくまりじんじゃ)大阪府南河内郡千早赤阪村
【建水分神社】(たけみくまりじんじゃ)大阪府南河内郡千早赤阪村 通称、「水分神社」(すいぶんじんじゃ)。水分大明神、上水分社(うえのすいぶんのやしろ)とも称する。式内社で、旧社格は府社。古より金剛山鎮守として、また、楠木氏の氏神として崇敬された。中殿に天御中主神、左殿に天水分神・罔象女神、右殿に国... 続きをみる
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【尼崎戎神社】(あまがさきえびすじんじゃ)兵庫県尼崎市(2/2)
【尼崎戎神社】(あまがさきえびすじんじゃ)兵庫県尼崎市 別名倉持戎大宮、または「ちぢみさん(後述)」と呼ばれている 。商売繁昌の神様「尼のえべっさん」として参拝者に親しまれており、毎年1月9日より11日まで十日戎大祭が開催されている。創建は醍醐天皇以前の時代であるという伝承が残されている。正和年間... 続きをみる
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【尼崎戎神社】(あまがさきえびすじんじゃ)兵庫県尼崎市(1/2)
【尼崎戎神社】(あまがさきえびすじんじゃ)兵庫県尼崎市 別名倉持戎大宮、または「ちぢみさん(後述)」と呼ばれている 。商売繁昌の神様「尼のえべっさん」として参拝者に親しまれており、毎年1月9日より11日まで十日戎大祭が開催されている。創建は醍醐天皇以前の時代であるという伝承が残されている。正和年間... 続きをみる
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主祭神は「市杵島姫命」(いちきしまひめのみこと)「伊奘諾命」(いざなぎのみこと)。以前、当社より北に多可宮と称される宮があり、それと対をなす格好で低宮と呼ばれていた。『日本書紀』には、祭神の二柱の神は共に履仲天皇の祝に出現され、さのため天皇は車持君に悪解除・善解除を負わせて長渚崎で禊祓い(みそぎは... 続きをみる
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【潮江 素盞鳴神社】(しおえ すさのおじんじゃ)兵庫県尼崎市
【潮江 素盞鳴神社】(しおえ すさのおじんじゃ)兵庫県尼崎市 主祭神は「素盞鳴尊」(すさのおのみこと)「玉依姫命」(たまよりひめ)。 市バス潮江北口下車すぐ西、あるいはアミング潮江下車、北へ3分。当社は牛頭天皇および大宮天王祠の別称をもつ。創祀は不詳であるが、後奈良天皇の御世、享禄年間、三好三人衆... 続きをみる
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【榎大明神】(えのきだいみょうじん)大阪市中央区 映画化もされた小説「プリンセス・トヨトミ」。この舞台の一つが空堀商店街で、その近くにあるのが【榎木大明神】です。小説はこの小さな神社から始まります。 夕暮れのときにお参りしたので灯篭の明かりがついていました。 所在地 : 大阪市中央区安堂寺町2丁目... 続きをみる
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【白龍大神・八大龍王・楠木姫大明神】 大阪市北区中崎西 大阪の中崎町は再開発から逃れてまだまだレトロな建物が残っています。そんな中崎町の路地の狭い間を行くと、「白龍大神」があります。白龍大神の幟が目印です。参道横に下記の案内板があります。 「この奥にある神社「白龍大神」は、お社の下に白い蛇が住... 続きをみる
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【榎大神】と【榎大明神】大阪市中央区 ①【榎大神】 この小さな社、【榎大神】を見つけるのは苦労します。谷町筋を北上し、空堀商店街を抜けてしばらく歩きます。路地の突き当たりに赤い鳥居と柵が見えてきます。由緒等は不明です。社の中を覗くと、小さなお稲荷さんのキツネがいます。夜はレトロなランプに明かりがつ... 続きをみる
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太平洋を眺める龍王岬に鎮座する【海津見神社】(わたつみ じんじゃ)
太平洋を眺める龍王岬に鎮座する【海津見神社】(わたつみ じんじゃ) 幕末に活躍した坂本龍馬がもっとも愛したのが、高知県のこの桂浜(かつらはま)です。龍王宮(りゅうおうぐう)とも呼ばれるこちらの海津見神社(わたつみ じんじゃ)は岬の上に鎮座しています。御祭神は大綿津見神(おおわたつみのかみ)です。境... 続きをみる
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谷町筋を南へ向かい、谷町7丁目の交差点を過ぎて直ぐの所、狭い路地の道を入って奥に【近松門左衛門の墓】があります。 左側が日石のガソリンスタンドで、入り口には案内板が建てられていますが、注意していないと見落として通りすぎてしまいます。 大阪市教育委員会の案内板には、「近松門左衛門は、享保九年(一七ニ... 続きをみる
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【白光大神】(しらみつおおかみ)大阪市中央区 「玉造稲荷神社」の南の入り口から、50mほど南に行った道路のど真ん中に鎮座されています。「玉造稲荷神社」よりこちらの方に興味を持ちます。白光とは白蛇のことで、玉造稲荷神社から飛んできた榎木の種がこの場所で育ち、白蛇が住み着いたといわれてます。白い鳥居に... 続きをみる
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【玉造稲荷神社】(たまつくりいなりじんじゃ)大阪市中央区 旧社格は府社。 宇迦之御魂大神(稲荷神)を主祭神とし、下照姫命、稚日女命、月読命、軻偶突智命を配祀する。 社伝によれば垂仁天皇18年(紀元前12年)に創建され、当時は比売社と称していた。蘇我氏と物部氏の戦いの際、 蘇我氏方の聖徳太子がこの地... 続きをみる
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【御幸森天神宮】(みゆきのもりてんじんぐう)とコリアンタウン 大阪市生野区
【御幸森天神宮】(みゆきのもりてんじんぐう)は、大阪府大阪市生野区(旧摂津国東生郡猪飼野村)にある神社。 仁徳天皇、少彦名命、忍坂彦命を祀る「猪飼野村」の氏神。御幸森天神宮のある地域は古くから猪飼野(いかいの)と呼ばれ、猪甘津(いかいのつ)と呼ばれる古代の港があったことに由来する。猪甘津は日本書紀... 続きをみる
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湯原ダムの足元で湧く温泉を岩で囲い、24時間入れる巨大な無料露天風呂として開放。正真正銘、足下噴出による源泉露天風呂で、川底から砂を噴きながら温泉が湧いていることから砂噴き湯(砂湯)の名称で呼ばれるようになりました。 この湯には偉大な称号が一つ。「旅行作家の会」代表の野口冬人氏が、1977年、日本... 続きをみる
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【備中松山城】(びっちゅうまつやまじょう)別名 : 高梁城(たかはしじょう)
【備中松山城】(びっちゅうまつやまじょう)は岡山県高梁市内山下にあった日本の城(山城)。別名、高梁城(たかはしじょう)。「備中松山城跡」として国の史跡に指定されている。日本100名城。四国の愛媛県松山市にあった松山城を初め、各地の松山城との混同を避けるために、一般的には「備中松山城(びっちゅうまつ... 続きをみる
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【満奇洞】(まきどう)は、岡山県新見市にある鍾乳洞である。岡山県指定天然記念物、岡山県高梁川上流県立自然公園特別地域。岡山県新見市の草間カルスト台地に存在する鍾乳洞で、江戸時代末期、狸猟をしていた猟師により偶然発見された。岡山県の鍾乳洞ではもっとも早く存在が認知されたといわれている。名称の由来は1... 続きをみる
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【生田の森】(いくたのもり)生田神社内 / 兵庫県神戸市中央区
【生田の森】(いくたのもり)生田神社内 生田の森は、古くは北に六甲の山脈がそびえ、南北狭く東西長く、旧生田川(現在のフラワーロード)あたりまで及ぶ広大な森林でした。鎌倉・室町時代の動乱期には、生田川をひかえた大森林であったため、軍事的な要衝地で、古来よりしばしば合戦の舞台となりました。中でも、平安... 続きをみる
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【最御崎寺】(ほつみさきじ)は、高知県室戸市室戸岬町に位置する寺院。室戸山(むろとざん)、明星院(みょうじょういん)と号す。宗派は真言宗豊山派。本尊は虚空蔵菩薩。四国八十八箇所霊場の第二十四番札所であり、土佐で最初の札所である。 室戸岬では東西に対峙している第二十六番札所の金剛頂寺を西寺(にしでら... 続きをみる
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高知県高岡郡中土佐町にある【久礼八幡宮】(くれはちまんぐう)です。旧社格は県社。安和(現・須崎市)、久礼、上ノ加江(中土佐町)の総鎮守で、海の守護神として古来より漁業関係者に崇敬されています。主祭神 は、応神天皇・神功皇后・比売神・湍津姫神・田心姫神・市杵島姫神。【久礼八幡宮】(くれはちまんぐう)... 続きをみる
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【久礼大正町市場】高知県高岡郡中土佐町 土佐の一本釣りで知られる中土佐町といえば見のがせないのが、この【久礼大正町市場】です。新鮮、安い、おいしいと評判の魚と、それをふんだんに使った「くれ天」は本当においしい。起源は明治の中頃。大正時代の大火で焼失後、大正天皇から復興費が届けられたのを機に、通りを... 続きをみる
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【黒潮本陣】(くろしおほんじん)高知県高岡郡 海水を沸かした「汐湯の露天風呂」が名物。太平洋の水平線を眺め、久礼湾に浮かぶ双名島を遠くに仰ぎながら入れば、海に浮かんでいる気分になります。海水を沸かしているので、湯上りの保温効果が高いのも特徴です。 住所:高知県高岡郡中土佐町久礼8009-11 (今... 続きをみる
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【室戸岬灯台】(むろとざきとうだい)は、高知県室戸市室戸岬町の室戸岬付近の高台に立つ白亜の鉄造灯台。周辺は、室戸阿南海岸国定公園に指定され、太平洋を望む風光明媚の地。光達距離26.5海里(約49km)は日本一。また、日本に5箇所しかない直径2.6メートルの第一等フレネル式レンズを備えた第1等灯台で... 続きをみる
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【高知城】(こうちじょう)は、高知県高知市(土佐国土佐郡高知)にあった日本の城。別名鷹城(たかじょう)。 江戸時代、土佐藩の藩庁が置かれた。江戸時代に建造された天守や本丸御殿、追手門等が現存し、城跡は国の史跡に指定されています。日本100名城に選定されている。高知市のある高知平野のほぼ中心に位置す... 続きをみる
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【高知県立坂本龍馬記念館】(こうちけんりつさかもとりょうまきねんかん)は、高知県高知市(桂浜)にある博物館。1991年11月に開館。高知出身の幕末の志士・坂本龍馬をテーマにした博物館。桂浜から近く、屋上や2階奥のフロアからは太平洋を一望することがでます。 常設展示では龍馬が設立に関わった海援隊約規... 続きをみる
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【龍馬歴史館】(りょうまれきしかん)は、高知県香南市野市町の創造広場「アクトランド」内にある坂本龍馬の蝋人形180体を中心とした蝋人形館です。1988年(昭和63年)11月23日に開館。幕末の志士、坂本龍馬の33年の生涯を180体の蝋人形と26の場面で表現している歴史館です。また、坂本龍馬に関する... 続きをみる
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【高安古墳群】(たかやすこふんぐん)ウィキペディア(Wikipedia)
【高安古墳群】(たかやすこふんぐん)ウィキペディア(Wikipedia) 【高安古墳群】(たかやすこふんぐん)は、大阪府八尾市の東部、高安山の麓に分布する古墳群。「高安千塚古墳群」の名称で国の史跡に指定されています。八尾市の高安地区中部(千塚、山畑、大窪、服部川、郡川あたり)には約200基の古墳群... 続きをみる
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【高安古墳群】(Takayasukofungun)ウィキペディア(Wikipedia)
【高安古墳群】(Takayasukofungun)ウィキペディア(Wikipedia) 【高安古墳群】(たかやすこふんぐん)は、大阪府八尾市の東部、高安山の麓に分布する古墳群。特に古墳が高い密度で集中する部分は「高安千塚」と称される。 周知の埋蔵文化財包蔵地名としてそれまで「高安古墳群... 続きをみる
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【波牟許曽神社】(はむこそじんじゃ) 大阪府東大阪市長瀬 「はむ」は蛇、「こそ」は社の義だといわれています。 明治二十二年(1889年)に北蛇草村を含めた七ヶ村が合併し長瀬村とりました。その後神社合祀政策により原則一村一社の基準が掲げられ、大正元年(1912年)に長瀬村内の八社を合祀して新たに長瀬... 続きをみる
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【高井寺藤原石棺仏】大阪府柏原市高井田 JR大和路線「高井田」駅から西へ細い道を200mほど行ったところに、旧高井田集落があり、細い道路を抜けて住宅街の壁のところにあります。定印の阿弥陀如来座像、平安末期。像高1.8m。漆塗木棺の棺台と思われる石材(長さ2.7m 幅1m 厚さ18cm)に浮彫大和川... 続きをみる
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【権太夫大明神・八城大明神・吉春大明神】大阪市中央区 大阪市中央区谷町6丁目の界隈は「からほり」と呼ばれています。この付近は大阪環状線の真ん中になりますが、戦前の町並みや建物が残っています。狭い路地に鳥居を見つけました。覗くと「権太夫大明神・八城大明神・吉春大明神」となっています。由緒等は不明です... 続きをみる
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【臍の王神社】(へそのおうじんじゃ)大阪府大東市 この【臍の王神社】(へそのおうじんじゃ)は、大阪府大東市野崎4丁目6−1 の「四条南小学校」の東150m程辺りの小さな山の上に鎮座しています。臍の緒を祀り、安産・家内安全・夫婦和合・子孫繁栄を祈願する神社です。コンクリート製の鳥居をくぐって草木が茂... 続きをみる
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【峠八幡神社】(とうげはちまんじんじゃ) 大阪府柏原市 大阪府柏原市峠に鎮座する【峠八幡神社】(とうげはちまんじんじゃ)です。延命地蔵尊(畑地蔵尊)が石段の横にあります。石段をあがって鳥居を抜けると正面には本殿が見えます。参道石段脇に設置された柏原市教育委員会の説明板によると、神社前の道が江戸時代... 続きをみる
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【藤井八幡神社】(ふじいはちまんじんじゃ)奈良県北葛城郡 奈良県北葛城郡王寺町の藤井集落の奥に【藤井八幡神社】(ふじいはちまんじんじゃ)があります。藤井の集落地を通って南西方向へ進みます。説明板によるとこの神社は、「明神山第一トンネルの近くに祀られているこの社は、旧亀瀬・藤井村の村社として古くは、... 続きをみる
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【住吉平田神社】(すみよしひらたじんじゃ) 大阪府四條畷市 四条畷駅を降りて道路に立つ白く大きな鳥居をくぐり、山の方を目指して真っ直ぐの坂を上った所にある四条畷神社の参道階段手前から北へ5分程歩くと、【住吉平田神社】へ着きます。 この神社の創建は『神社由緒記』には「平安初期の寛平・延喜年間(889... 続きをみる
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【天児屋根命(あめのこやね) 比売大神(ひめのおおかみ) 武甕槌神(たけみかづち)】 大阪府東大阪市上四条町
【天児屋根命(あめのこやね) 比売大神(ひめのおおかみ) 武甕槌神(たけみかづち)】 斎主神/伊波比主神(いわいぬし) ※[別称]経津主神(ふつぬし) 東大阪市上四条町、四条小学校の西側、駐車場のところに社があります。この社の前の看板に、「この社には天児屋根大神(旧氏神)、 比売大神・斎主大神、... 続きをみる
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【新世界稲荷神社】(しんせかいいなりじんじゃ)大阪市浪速区 鳥居の側にあるのぼりは「稲荷大明神」となっていますが、なぜか鳥居の額には「福永大神」となっています。 この「新世界稲荷神社」は新世界誕生と同時期に京都の伏見稲荷神社から勧請され商売繁盛や新世界の繁栄を願って創建されたとの事です。戦前は通天... 続きをみる
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【ビリケン神社】大阪市浪速区 新世界で串カツの横綱などが軒を並べる商店街の一角にひっそりとあります。小さいながらも真っ赤な鳥居は遠くからでも目立ちます。ビリケンというと通天閣の展望台にある置物が有名ですが、神社にもなっています。神社の横にある案内板にはビリケン神社の由来が書かれています。 ビリケン... 続きをみる
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【金比羅神社】(こんぴらじんじゃ)仲多度郡琴平町 香川県仲多度郡琴平町の金刀比羅宮を総本宮とし、その主祭神である大物主神を祀る神社であり、日本全国に存在する。「神社」ではなく「宮」と称するものもある。 江戸時代に船による流通が盛んになると、海運業者や商人によって金毘羅信仰が日本中に広められ、分社が... 続きをみる
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【信貴山 奥の院】 (しぎさん おくのいん) 奈良県生駒郡平群町
【信貴山 奥の院】 (しぎさん おくのいん) 奈良県生駒郡平群町 米尾山福蔵寺。本尊は毘沙門天立像で、「汗かき毘沙門天」とよばれます。聖徳太子が排仏派の、物部守屋征伐に出陣した際、毘沙門天が太子軍の先頭に立って汗まみれになりつつ戦い、その活躍により勝利することができたといわれています。珍しい深沙大... 続きをみる
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【神光寺】(じんこうじ)と付近一帯の「高安古墳群」/ 大阪府八尾市
【神光寺】(じんこうじ)と付近一帯の「高安古墳群」/ 八尾市 大阪府八尾市の服部川の東方山腹に谷一つ隔て郡川の法蔵寺に相対して【神光寺】(じんこうじ)があります。正式には、医王山薬師院神光寺と称し、曹洞宗蔭涼寺末。享保年間(18世紀初め)に万徹和尚の開基で、薬師如来を本尊とし、本堂前に揚げてある「... 続きをみる
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【高安古墳群周辺の古墳】 大阪府八尾市 高安古墳群周辺の古墳に「愛宕塚古墳(あたごづかこふん)」があります。愛宕塚古墳は大阪府八尾市神立にあります。八尾市の東には高安山(488m)を含む生駒山地が南北に広がっています(金剛生駒国定公園)。高安山の向こうは奈良県になります。高安山一帯の山麓は旧高安郡... 続きをみる
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【高安古墳群】(たかやすこふんぐん) / 高安千塚古墳群 高安古墳群(たかやすこふんぐん)は、大阪府八尾市の東部、高安山の麓に分布する古墳群。「高安千塚古墳群」の名称で国の史跡に指定されています。八尾市の高安地区中部(千塚、山畑、大窪、服部川、郡川あたり)には約200基の古墳群が現存しており、その... 続きをみる
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四国で最大の前方後円墳頂上に鎮座する【妙見神社】(みょうけんじんじゃ)
四国地方で最大の前方後円墳、「富田茶臼山古墳」の 頂上に鎮座する【妙見神社】(みょうけんじんじゃ)です。階段の参道を登ると簡素な祠があります。 富田茶臼山(とみたちゃうすやま)古墳は、四国最大の前方後円墳で、道の駅「みろく」のすぐそばにあります。古墳の上にあった木は伐採されており、前方後円墳の形が... 続きをみる
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【霊宝館】(れいほうかん)は、高野山内の貴重な文化遺産を保存展観する施設として大正10年(1921年)に開設されました。この時に建てられた本館は、登録有形文化財として指定されています。国宝21件、重要文化財147件、和歌山県指定文化財16件、重要美術品2件、合計182件、約2万8千点弱を収蔵されて... 続きをみる
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高野山【徳川家霊台】(とくがわけれいだい)和歌山県伊都郡高野町
高野山【徳川家霊台】(とくがわけれいだい)とは、徳川家康と秀忠をまつる東照宮をいいます。この場所は本来、聖派(ひじりは)の代表寺院である大徳院の境内だったのですが、大徳院自体は明治になって他の寺院と合併して現存しませんので、霊台だけが残りました。大徳院は、代々徳川家との関係が深い寺院で、後に家康に... 続きをみる
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【小田原天神社】(おだわらてんじんじゃ)和歌山県伊都郡高野町
【小田原天神社】(おだわらてんじんじゃ)和歌山県伊都郡高野町 大阪では天神祭が有名ですが、高野山でも天神祭が行われます。こちらの天神さんは千手院橋 宿坊協会案内所の裏側の「普賢院」に隣接して【小田原天神社】としてお祀りされています。境内地の銀杏は秋になると真っ黄色な葉を咲かせます。 アクセス:南海... 続きをみる
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【金剛三昧院】(こんごうさんまいいん)は、和歌山県伊都郡高野町高野山にある仏教寺院・宿坊。高野山真言宗別格本山。本尊は愛染明王。仏塔古寺十八尊第11番霊場。西国愛染十七霊場第17番霊場。 尼将軍 北条政子が、夫・源頼朝と息子・実朝の菩提を弔うために建立しました。高野山のメインストリート「小田原通り... 続きをみる
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【総持院】(そうじいん)和歌山県伊都郡高野町 『総本山金剛峯寺』の西隣、「壇上伽藍」を前に控えた、弘法大師草創の地とも云われ往古の高野山を思わせる寺院のみが立ち並ぶ、閑静な本中院谷に位置しています。 總持院は平安時代、久安年間弘法大師から二十八代目の山主、行恵総持坊の開基の古刹。 住所: 和歌山県... 続きをみる
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赤不動尊【明王院】(みょうおういん)和歌山県高野町 【明王院】(みょうおういん) は、和歌山県高野町の高野山真言宗の寺院。高野山のなかほど本中院谷に所在。日本三不動のひとつ「赤不動」として知られる。 寺伝によれば弘仁7年(816年)、空海(弘法大師)が高野山を開くにあたり、自ら刻んだ五大明王を安置... 続きをみる
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【湯谷弁才天】(ゆたにべんざいてん)和歌山県伊都郡 「大門」と「大伽藍」の中間あたりを歩いていると古い赤い鳥居が目に付きます。正確には壇上伽藍の西側の境内の位置にあります。ご神体が奉安する厨子に享保2年(1717)の記述があり、元禄期(1688~1704年)の古絵図にも社が描かれているためこの時期... 続きをみる
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【日吉丸大明神】(ひよしまるだいみょうじん)和歌山県伊都郡高野町
【日吉丸大明神】(ひよしまるだいみょうじん)和歌山県伊都郡高野町 みろく石本舗 かさ國(和歌山県伊都郡高野町高野山764)の横に「龍神街道」があります。その街道沿いのコンクリート塀に隠れるように【日吉丸大明神】(ひよしまるだいみょうじん)があります。由緒等は不明です。豊臣秀吉の幼少期の名前「日吉丸... 続きをみる
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【網引弁財天】(つなひきべんざいてん)和歌山県伊都郡高野町 「金剛峰寺」の道路を挟んだ隣、南都銀行高野山支店の脇に鎮座しています。弘法大師高野山御開創の時、その繁栄を祈って山内七ヶ所に祀られた弁才天の一つ。各々水源の位置に当ると云われ、水に由来した網引(又は船引)と名づけられたと云われております。... 続きをみる
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常喜院 【赤地蔵尊】(あかじぞうそん) 赤地蔵尊は、常喜院の敷地内にあります。本尊の正式名称は「恵宝地蔵尊(えほうじぞうそん)」。体の赤い色は水銀朱(丹生)で、古来中国では仙人の妙薬といわれています。 【赤地蔵尊】(あかじぞうそん)の他、「さすり地蔵」「水かけ不動明王」「聞耳(ききみみ)地蔵」「一... 続きをみる
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【清高稲荷神社】(きよたかいなりじんじゃ)和歌山県伊都郡高野町
【清高稲荷神社】(きよたかいなりじんじゃ)和歌山県伊都郡高野町 「北室院」(和歌山県伊都郡高野町高野山470)の横に鳥居がたくさん立ち並んでいます。その参道をあがっていくと【清高稲荷神社】(きよたかいなりじんじゃ)が鎮座しています。祭神に清高稲荷大明神(稲荷神)を祀っています。由緒等は不明です。高... 続きをみる
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金剛峯寺・大師教会の前に、【常喜院】(じょうきいん)があります。世界遺産高野山は弘法大師が1200年前に、密教の修業道場として開かれた聖地です。高野山常喜院では、宿坊宿泊・永代供養・加持祈祷など行っています。金剛峯寺・大師教会の前に、【高野山常喜院】があります。 住所:和歌山県伊都郡高野町高野山3... 続きをみる
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「天徳院」(てんとくいん)の横の道に向いて小さな社があります。お賽銭として?がま口財布がお供えされていました。 場所:和歌山県伊都郡高野町高野山370 👇「天徳院」(和歌山県伊都郡高野町高野山370)
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【尾先弁天】(おさきべんてん)和歌山県伊都郡高野町 綱引弁天の東、一乗院山門の手前に立つ約70cm四方の小さな祠。鳥居へと続く参道は、裏山を借景にした庭園が整備されていてその美しさはひとしお。如意宝珠と太鼓を持ち、背中には剣を背負った珍しい姿の女尊がご神体。 住所:和歌山県伊都郡高野町高野山606... 続きをみる
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【圓山弁財天】(まるやまべんざいてん)和歌山県伊都郡高野町 【圓山弁財天】(まるやまべんざいてん)の由来は、町の中心の南小田原地区にあり、その形が楕円形をしていることから名付けられました。圓山弁財天の場所は、水の道と深い関係があります。ご神体は天女と十五童子でいずれも空海が勧請したとの言い伝えが残... 続きをみる
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高野山 【成福院】(じょうふくいん)和歌山県伊都郡高野町 「成福院」の御本尊は「大随求明王(だいずいぐみょうおう)」で、祈願者の求めに随ってくださる明王様とのことです。このお寺はビルマ戦没者を弔う「摩尼宝塔」でも有名で、前住職が悲惨なビルマ戦の体験者で、その縁で供養を続けられているとのことです。 ... 続きをみる
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【親王院】(しんのういん)和歌山県伊都郡高野町 【親王院】は今から1200年前に嵯峨天皇の皇太子となった真如親王が開基したと伝えられる寺院です。真如親王は空海の十人弟子の一人として知られる高僧で、空海の死滅した際には遺骸の埋葬にも立ち会ったと言われる人物です。【親王院】には当時を物語る資料として、... 続きをみる
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この池は「蓮池」と呼ばれます。昭和の頃までは美しい蓮(はす)が咲き誇っていました。この池には小さな祠(ほこら)が祀られています。明和年間のこと、干ばつが度々起こり、民衆は苦しみました。そこで明和8年(1771年)、瑞相院慈光(ずいそういんじこう)というお方が【善女龍王】(ぜんにょりゅうおう)像と仏... 続きをみる
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【弁才天融通橋】(べんざいてんゆうづうばし)和歌山県伊都郡高野町
【弁才天融通橋】(べんざいてんゆうづうばし)和歌山県伊都郡高野町 由緒等不明です。【高野山大師教会】の前にあります。 場所:和歌山県伊都郡高野町高野山347 アクセス:南海高野線の終着駅極楽橋駅より、南海鋼索線(ケーブルカー)で高野山駅下車。南海りんかんバスまたはタクシーで乗り継ぎ。
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【高野山大師教会】(こうやさん だいし きょうかい)和歌山県伊都郡高野町
【高野山大師教会】(こうやさん だいし きょうかい) 高野山開創1100年記念として1925年(大正14年)に建てられ、高野山真言宗の布教等の総本部です。本尊は弘法大師、脇仏として愛染明王と不動明王が祀られています。日帰り修行体験などもあり写経の他、大講堂の奥の授戒堂にて阿闍梨さまより菩薩十善戒を... 続きをみる
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【智泉大徳廟】(ちせんだいとく)は、和歌山県高野山の壇上伽藍東塔東側にあります。智泉(789-825)は、讃岐出身の平安時代の僧で、空海の甥にあたります。父は、讃岐滝宮の宮使で、菅原氏、母は佐伯氏の出身で空海の姉。延暦8年(789年)に生まれ、16歳の時に大安寺を本寺として出家。弘仁3年(812年... 続きをみる
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【大塔の鐘】高野四郎(こうやしろう)/ 「壇上伽藍」和歌山県伊都郡高野町
【大塔の鐘】高野四郎(こうやしろう)/ 「壇上伽藍」和歌山県伊都郡高野町 壇上伽藍は、〈胎蔵曼荼羅〉の世界を表しているといわれています。高野山全体を金剛峯寺という寺院と見たとき、その境内地の核にあたる場所で、古来より大師入定の地である奥の院と並んで信仰の中心として大切にされてきました。境内には根本... 続きをみる
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【御影堂】(みえどう)/ 「壇上伽藍」和歌山県伊都郡高野町 壇上伽藍は、〈胎蔵曼荼羅〉の世界を表しているといわれています。高野山全体を金剛峯寺という寺院と見たとき、その境内地の核にあたる場所で、古来より大師入定の地である奥の院と並んで信仰の中心として大切にされてきました。境内には根本大塔、金堂など... 続きをみる
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「愛染堂」(あいぞめどう)/ 「壇上伽藍」和歌山県伊都郡高野町
「愛染堂」(あいぞめどう)/ 「壇上伽藍」和歌山県伊都郡高野町 壇上伽藍は、〈胎蔵曼荼羅〉の世界を表しているといわれています。高野山全体を金剛峯寺という寺院と見たとき、その境内地の核にあたる場所で、古来より大師入定の地である奥の院と並んで信仰の中心として大切にされてきました。境内には根本大塔、金堂... 続きをみる
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【三昧堂】(さんまいどう)/ 「壇上伽藍」和歌山県伊都郡高野町
【三昧堂】(さんまいどう)/ 「壇上伽藍」和歌山県伊都郡高野町 壇上伽藍は、〈胎蔵曼荼羅〉の世界を表しているといわれています。高野山全体を金剛峯寺という寺院と見たとき、その境内地の核にあたる場所で、古来より大師入定の地である奥の院と並んで信仰の中心として大切にされてきました。境内には根本大塔、金堂... 続きをみる
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【大会堂】(だいえどう)/ 「壇上伽藍」和歌山県伊都郡高野町
【大会堂】(だいえどう)/ 「壇上伽藍」和歌山県伊都郡高野町 壇上伽藍は、〈胎蔵曼荼羅〉の世界を表しているといわれています。高野山全体を金剛峯寺という寺院と見たとき、その境内地の核にあたる場所で、古来より大師入定の地である奥の院と並んで信仰の中心として大切にされてきました。。境内には根本大塔、金堂... 続きをみる
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【六角経蔵】(ろっかくきょうぞう)/ 「壇上伽藍」和歌山県伊都郡高野町
【六角経蔵】(ろっかくきょうぞう)/ 「壇上伽藍」和歌山県伊都郡高野町 壇上伽藍は、〈胎蔵曼荼羅〉の世界を表しているといわれています。高野山全体を金剛峯寺という寺院と見たとき、その境内地の核にあたる場所で、古来より大師入定の地である奥の院と並んで信仰の中心として大切にされてきました。境内には根本大... 続きをみる
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【西塔】(さいとう)/ 「壇上伽藍」和歌山県伊都郡高野町 壇上伽藍は、〈胎蔵曼荼羅〉の世界を表しているといわれています。高野山全体を金剛峯寺という寺院と見たとき、その境内地の核にあたる場所で、古来より大師入定の地である奥の院と並んで信仰の中心として大切にされてきました。境内には根本大塔、金堂など1... 続きをみる