【宇賀神社】(うがやじんじゃ)大阪市平野区
国道25号線沿いの杭全神社の大きな鳥居をくぐって少し歩くと左側に弁天池があります。社が池の中にあって、弁才天が祀られています。杭全神社の摂社、【宇賀神社】(うがやじんじゃ)です。祭神は、市杵島姫命。この神社の由緒等は不明です。この弁天池の横奥に杭全神社の摂社、「天満宮」拝所があります。また、弁天池のそばに、筆塚という石碑が建立されてあります
住所:大阪府大阪市平野区平野宮町1丁目9
弁天池のそばに、筆塚という石碑が建立されてあります。筆塚には、使い終え、傷んだ筆に感謝して、供養するために地中に埋めて、塚を築いたものと、書家・絵師などが亡くなった後に、その人物を称えるために築かれたものがあるようです。
この筆塚は、使命を終えた筆に対して感謝を込めて供養するというもので、書家の長谷川晴風先生が、古希を記念して、昭和44年(1969)に建立されたものです。
「筆塚の由来」ついて;
東洋文化の母胎は筆の力によるもの最も多く日頃技を練り心を磨いてくれる大切な筆 その尊い使命を果した退筆に感謝の誠をこめて 土中に埋め塚を築くを筆塚と称し我が国に於いても所々に存在している
その濫鯣(らんしょう)は遠く千四百有余年の昔中国の書聖王義之七代の孫 随の智永襌師は永欣寺の閣上に居住し三十年間に亘り 書を学びその眞草千字文は今も尚書道家の模範として珍重するところにして その使用した古筆を竹篭に納め置きたるもの五箇に及び それを土中に埋め其の上に退筆塚を建て筆のために供養したという。
この故事に習い 長谷川 晴風は自己の古稀を記念し筆塚の建立を発願し 晴風書道会会員と相計り碑材生駒石を得て由緒あるここ杭全神社神苑に昭和四十四年十一月二十六日 筆塚の建立落成を見るに至る尓来例年天紅葉の秋碑前に於いて広く一般有志の方から廃筆の奉納を得て筆の持つ力を讃えその労を謝すと共に文化の発展と学徳成就及び福寿増長を祈願し併せて筆塚の弥栄えん事を祈念し筆供養を盛大に欽修して筆の功績を顕彰し筆と共に総て物に対し感謝の美徳を養い書技上達を念願し建立せる所以にして其の霊験亦あらたかなり
各位使い書しの廃筆を奉納し書技向上の功徳を得られん事を期待します。
杭全神社
筆塚保存会
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