民家の壁に埋もれる「稲荷明神」/ 大阪府八尾市
八尾市内の神社巡りは、すでに完了したと信じていましたが、民家の壁に埋もれる「稲荷明神」を見つけてしまいました。地蔵尊だと思ってました。今後は地蔵尊も含め確認していきたいと思います。
場所:大阪府八尾市久宝寺6丁目5 (寺内町)
赤い枠の額には、九圓の文字と読めない1文字、その下に「稲荷神社」と思われます。
寺内町は観光スポットです。
「顕証寺」(けんしょうじ)は寺内町(じないまち)の中心地、浄土真宗本願寺派で「久宝寺御坊」(きゅうほうじごぼう)と呼ばれています。
山門の屋根は切妻(きりづま)造、本瓦葺(ほんがわらぶき)の四脚門で、前後に軒唐破風を付けています。
「顕証寺」
「樋之上地蔵尊」
昭和27年(1952)6月 大阪-八尾線道路改修のさい、字樋上(あざひのうえ)から出土したものです。この地(今口地蔵尊のお堂)は、寺内町の今口門のあった所で東口と共に八尾へ通じる道筋です。
長宗我部盛親物見の松があります。
長宗我部盛親物見の松があります。
札之辻地蔵尊は室町時代末期の石仏です。
また、寺井戸のある場所は高札場で、この井戸は村民の飲用水をまかない、水代として1軒当り年1升の米を久宝寺御坊(顕証寺)に納めました。
古くは屋形を組み、夜には錠が掛けられました。
大正12年(1923)簡易水道が設けられるまで、村内唯一の上水でした。
約440年前につくられ、久宝寺最古の地蔵尊です。
久宝寺の6つの入り口にはそれぞれ辻地蔵があります。
いまは安産地蔵といわれ、像は中央部で折損しています。
材質は花崗岩で、高さ62cmです。
社名は「コマ」と読み、昔、この地は「許麻荘」といわれ(南西に跡碑がある)、高麗からの渡来民族が多く住んでいました。式内社で、もと牛頭天王、渋川六座の1です。
境内の手洗いの屋形は、昔の宮寺久宝寺観音院の鐘楼の名残りです。この寺は、聖徳太子の建立で、戦国時代焼失し、その後観音院のみ復興、明治初年廃寺となりました。
本尊十一面観音は現在は念佛寺にあります。
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